風になびく黒髪が綺麗、とうっすら思った。夜の深いインディゴブルーの空に溶けてしまいそうだ。今夜は星が無い。

「天文台って結構いいところだねー。昼はわかんないけど」

「俺は嫌い」

昼も夜も、と言った気がしたけれど、小さくてよく聞き取れなかった。ふうん、と生半可な返事をしてシリウスの左側に並ぶ。ここから落ちたらどうなるのだろう。想像してみたら当たり前のようにグロテスクだった。とりあえず死ぬのは確実だと思う。こんなことを思考したってここから飛び降りる予定はまったくないけれど。

「シリウス」

「なに」

「進路決まってるの?」

「まあ、一応」

「だろうと思ったー」

「じゃあ訊くなよ」

フン。鼻で笑われた。憶測と実際に聞くのは違うでしょーといいつつ、シリアスの頭脳ならたとえ決まってなくても選択肢は山ほどあるんだろうなと少し羨ましくも思った。 どこで働くんだろう、魔法省とか行くのかな、……、……想像できない。パリッとしたスーツをきちんと着たシリウスが想像できない。「あ、死刑囚とか」「…何の話?」シリウスの将来の職業の話。なんて言えるわけもなく、わたしは曖昧に笑った。だいたい死刑囚って職業じゃなかった。

は?」

「うーん。…シリウスのお嫁さんとか?(にっこり)」

「キモッ」

「ひどっ」

ははっと愉快そうに笑うシリウスとは裏腹に、わたしはなんとなくすねたい気持ちになった。ちょっと本気だったのに!だいぶ傷ついたよ!そんなにわたしの愛妻弁当を食べるのは嫌なのだろうか。料理には自信あるんだけどなあ。…いや、明らかにそういう問題じゃないか、この場合。

「?」ようやくお喋りを止めたわたしに気づいたらしく、シリウスが不思議そうに顔を覗き込んできた。とうの私は無視を決め込みじっと空を見つめた。宇宙ってどこまで続いてるんだろう!「悪い」「…!」

「…とりあえず謝るけど、何がなんだかわかんないのは嫌だよ」

なにそれ謝ってない、なんて思いながら許してしまうのはわたしがシリウスのことをとても好きに思っているからで、シリウスが理由を訊いてくれるだけでわたしは幸せになれるのだ。それでも目を瞑ってキスを受け入れながら、わたしは無意識に泣きそうになっていた。

「シリウス、お、置いてかないで」

「…今ここにいるけど」

「10年後も同じようにしてくれてる?」

シリウスは一瞬はっとしたような顔をして、優しく微笑んだ。「嫁に来るんじゃなかったっけ?」涙は出ない。微笑みもしない。ただただ頷いて、シリウスの背中に腕をまわした。ひっそりこっそり悲しくなって、背伸びをしてキスをした。

きっとシリウスはわたしを引き連れては行ってくれない。待っていてもくれない。安全な檻の中に放り込んだまま、自分ひとり危険な荒野に足を踏み入れるのだろう。わたしはそれを止められない。