酷く頭が痛い。うっすらと目を開けると飽きるほど見上げた天井に小さな蜘蛛が這っていた。どこかに巣でもあるのだろうか。このまま繁殖させるわけにもいかないので今度探して潰しておこう、と再び目を瞑りながら思った。それにしてもどうして僕は自分の部屋で寝ているのだろう。ジェームズはどこへ行った?シリウスは?今は何時なのだろう?もしかしてまだ今日は始まっていないのだろうか?いやでももう朝食は食べた……。「痛い……」ああ、もういいや。もう何も考えたくない、眠ってこの痛みをやりすごそう……

「リーマス?起きたの?」

どこか明るげな声が上から聞こえて、鬱陶しく思いながらも瞼をあげた。顔をほころばせたが覗きこんでいた。「えっ、え?」予想外。かなり予想外。むしろ滅茶苦茶予想外!「なんで?あれ?」にこりとするから隠れるように毛布をひきあげながら自分のものとは思えないすっとんきょうな声をあげる。頭はまだ疼くけれど、どうやらそれどころではないらしい。っていうか僕ってこんなんだっけ?

「シリウスは選手だから今はいないよ。リーマスを運んだあと飛んでっちゃった」

今も飛んでるけどね、とギャグとしてはいまいちなことをさらりというを見つめながら、どうして自分は眠っていたのか再度考える。それでも記憶はさっぱり蘇らず、無駄に虚無感が増えるだけだった。柔らかい毛布に身をくるめて寝返りを打つとの抗議の声が聞こえた。無視した。

そういえばが言ったとおり今日は試合があるのに……シリウスより病人を優先してくれたのか。「ありがとう」「どーいたしまして」外から聞こえるかすかな騒音からすると、まだ試合は終わっていない。ということはこの城にはほとんどの生徒がおらず、この部屋にももちろん僕と以外にいない。談話室にもいないだろう。このまましばらくはと2人きり、……「リーマスー?」

「……なに?」

「起きてよー」

「ああ、そうだね」

相変わらず頭は痛いけれど、さっきほどというわけじゃない。しぶしぶ身を起こすとが水を渡してくれたのでそれで口を潤す。「気分は?どう?」「うん……」返事になっていない返事を返しながらコップを傍にあった机にコトリと置いた。こうやって落ち着くとこんな状況喜ばしくもなんともないことがわかってしまう。それが歯痒かった。

彼女はシリウスの彼女であって、僕が彼女に気があるからと言って簡単に触れてはいけない存在なのだ。シリウスとの関係を壊すなんてこと自分からするつもりは今もこれからもないし、何より彼女が困ってしまう。それだけはなんとしてでも避けたい問題だ。なんとしてでも。なんとしてでも。なんとしてでも……、……なんとしてでも(強制)!

苦虫を潰したような顔でもしていたのか、が心配そうに首をかしげた。……なんとしてでも、なんだけどね。

「本当に大丈夫?」

「大丈夫。心配ないよ」

「あ、覚えてる?大広間から出る時に倒れたんだよ。朝食の後」

「へぇ……」

味気の無い言葉を吐きながら、実は心底驚いている自分がいた。まさか倒れただなんて、これっぽっちも覚えていない。倒れた理由を模索してみるも、特にこれといったものは見つからない。……ああ、一昨日が満月だったから疲れでもたまってたんだろう。うん、自己完結。過労疲労衰弱、人間ってなんて儚いんだろう。もっとも僕は人間なのかよくわからないけれど。

こういうのを「不意をつかれる」と言うのだろうか。なんとなくぼけっと感傷に浸っていると突然目の前にの顔が現れた。効果音をつけるとすれば、そうだなあ、やっぱり「ぬっ」ていうのがベタで好みだ。どうでもいいけど。

「どうしたの?お腹でも減った?」

「違いますー」

頬をむっとふくらませる。ベッドに浅く座ると体勢を交換するのは簡単だろうなあなんてぼやぼや思った。「ほこり」手が伸びてきて反射的に目を瞑った。前髪に触れられた感覚の後、倒れた時についたんだろうね、なんて言葉が聞こえた。こういうの声を聞いていると全く警戒していないんだろうなあと少し悲しくなる。きっとここにシリウスがいても同じことをするだろう。それくらいで怒るシリウスじゃないとは分かっているけれど、なんだか嫌だ。



「うん?」

(僕の気持ちも知らないでけろりと笑っちゃってさあ)言ってみたい。言ってみようかな。(どんな気持ち?)そんなこと聞かれたらお終いだ、やめておこう。

いつのまにか窓の外はやんわりと風が凪ぐだけで、どこからか足音が聞こえる。「シリウス、勝ったのかなあ」いつにもなくやわらかな声色。僕は一生手に入れることはできないのだ、彼女が一番好きな人に向けるそれを。