まだわたしが小さくて子供であどけない赤ずきんちゃんみたいな純粋な心を持っていたときのころ。無邪気なわたしは自分が不思議な力を持っていることに気がついてそれはそれは喜んだ。お母さんや妹や近所の子や先生やクラスの子に暇があればその力を使って見せた。物を浮かせてみせる。黒板に書かれた文字がひとりでに消えていく。折り紙で作った動物が動き出す。わたしはたいそう無垢だったからそれがみんなを喜ばせていると思っていたし、自分自身も心から楽しんでいた。 実際には周囲の反応は最悪だったけれど。 「頭がおかしい子」って、本気でそう思われていた。狂ってる、狂ってるって誰もがわたしを遠ざけた。親友だった子は二度とわたしと喋ろうとしなかった。その子だけじゃない、みんなわたしを怖がった。虐めるなんてもっての外だったのだろう。ちょっとでもからかったりしたらわたしの変な力で殺される――そんなところか。わたしがそれに気がついたときにはもう全部が遅かった。 ホグワーツからの入学届が届いたとき、お母さんは妹を抱きしめて何ヵ月ぶりかに笑った。幸せそうに、涙を流して。
★★よこじましまうま
「まったくいい思い出だよね。そう思わない?今でも夏はその家に帰るんだけどね……まるで腫れもの扱いだよ。まあ眠る場所と温かい料理があるだけ幸せだろうけど。それでもさあ、やっぱり居心地悪くってさ?妹なんか同じ空気吸うのもヤダーッて感じ。最悪じゃない?で、その結果がこういうことなんだよ……ね!」 ドシン!重たい音をたてて空気中から解放された栗色の髪の子が廊下に叩きつけられる。叩きつけたのは他でもないわたしだ。間を開けずに彼女の友達だろう、数人の女子が彼女の周りに集まってきた。早く医務室に、とか、そんな感じの声が聞こえた気がする。周りの観衆もボソボソと、しかし全員がお互い囁き合っている。囁いていることの大体の見当はついているけれど。 明らかな非難の目を無視してわたしはもと来た道を戻り始めた。彼女たちの横をすり抜けるのも面倒くさいし、次の授業に出る必要性も感じられなかったからだ。杖をローブの中にすり込ませながらどこへ行こうかと思案した。答えはすぐに見つかった。 「蛙の尻尾」 周りに誰もいないことを確かめ、ある一点の壁に触れながら呟く。すると間もなく扉の形をした切り目が壁に現れ、軽く押すとそれにそって壁が奥に開いた。中に入り、完全に扉と成った壁は再び壁となり切り目を隠した。 中は石の壁と床で暖炉の火がこうこうと輝いている。黒いソファーと黒い机、それにお菓子の入った戸棚がひとつずつあるだけだ。この前偶然にも見つけた場所で、ひとりになりたいときや先生から隠れたいときは必ずここに来た。都合のいいことにお菓子はどれだけ食べてもまた来る時は元通りになっているのだ。 「……つかれた」 自分でも驚くくらい泣きそうな声だった。ソファーに座ってさっきの出来事を思い出す。栗色の髪の子。同じスリザリン寮の可愛らしい子。少なくともさっきまではそう思っていた。「呪文学しか友達がいない暗い東洋人」頭の中で言われたことを反復してみる。ああそうなんだ、とか、熱くなる眼頭とは裏腹にやけに他人ごとめいたことを考えた。やがてやりきれなくなったわたしはぼふん、とソファーに横になった。空しい。 わたしが悪いのかな。あの子が言ったことも全部わたしのせいなのかな。わたしが魔法を使えなかったらこんなことにはなってないのかな。ホグワーツに来なかったら。でも、だったら、わたしは一体どうすればいいのだろう。「死ぬしかないのかな……」 「別にそれだけじゃないと思うけど」 たった今泣いていたことも忘れてソファーから飛び起きる。黒髪の顔の整った男の子……ぼやっとする頭がやっとその顔と名前を一致させたときにはすでに扉の面影もなくなっていた。 「やけにお菓子の減りが早いと思ったら……なんでこの部屋知ってんの?まさか俺達をつけてたわけじゃないよな」 頭の上にハテナを出したままのわたしを無視して、シリウス・ブラックはこちらへ近づいてきた。ならいいや、ってここはあんたの部屋か。俺達ってのは多分ポッターとルーピンあたりだろうけど(なんかひとり忘れてる気がするけどまあいいか)。わたしの前でぴたりと立ち止まり見下ろすブラックはそれなりの威圧感があって、なんとなくわたしは立ち上がった。出てけって言われてる気がする。あくまで気だけど。「あー、別に座っててもいいけど」言いながらソファーに座り足を組む。こんな何気ない動作ですら優雅に見えるのは一種の才能だろうか。 「……座わんないの」 当たり前だろ、と彼の眼差しが言っていたのでわたしはつい吹き出してしまった。そりゃあほとんどの生徒が知っていると思うけど、それを隠そうとしないのがなんというか。いつまでも笑いを堪えるわたしがおかしかったのか、ブラックも少しだけくつくつと笑った。悪そうな笑い方だ。すると突然ブラックがあ、と声を上げた。 「なあ、はあれだろ?さっき廊下で女の子浮かしてただろ」 人にそんなことで褒められるのは初めてだったから、少し赤くなってしまった。それを隠すのに腕時計を見て顔を下に向けた。もちろん時計の針なんて目に入らなかったけれど。「……呪文は、得意なの」顔の赤みがひいたのを感じて、やっと顔をあげた。 「それくらいしかとりえがないから、頑張るの」 自分では精一杯の笑顔のつもりだったけど、ブラックは不意に悲しそうな表情をした。あれ、と思う暇もなく後頭部にやわらかな感触。頭を撫でられているのだ、と気づいた時にはさっきの倍赤くなっていくのが分かった。なんだこれ!「な、な、なに、」「リーマスも」 「リーマスも、よくその顔するよ。見ててつらい」 うっすらと微笑む彼は確かにつらそうで、ブラックでもこんな顔するのかと不思議に思った。当たり前だ、ブラックだって人間なのだという考えが頭の隅で弾けたけれど今の私にはそこまで到達することができなかった。何かの合図でも出たように立ち上がると、壁であり扉でもある場所へと歩き出した。よくよく考えるとこんなところでブラックと2人きりなんて絶対にだめだ!主にわたしがいろんな意味で! 「じゃね、ブラック――」 え?と振り返ると、得意そうな笑みをしたブラックがニヤニヤしていた。また来いよ?あれ、今、誘われた?ホグワーツ一の美少年に?ポカーン。開いた口が閉じないってのはこのことだろうか。っていうか、顔が、緩む。 「そんだけ好きなら自作呪文のひとつやふたつあるだろ」 ブラックは最後にひとつ笑みを漏らした。わたし、やっぱりホグワーツに来てよかったのかもしれない。 「ここで待ってる」 |